「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展-世界は変わったのかな……

 国立国際美術館に「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を観に行った。
 国立国際美術館はもともと我が家から自転車でも行ける距離にあったんだけど、一般的には交通アクセスがとてーも悪いのと、大阪万博のときにできた建物が老朽化したため、大阪中の島に移転した。
 旧国立国際美術館が最後の日は人でごった返した。ぼくも行ったのだけれど、家に帰ってびっくり。ある新聞のウェブ版の「国立国際美術館の最後を惜しんで写真を撮る人」の画像が載っていたのだが、……「おれやんか、これ……」。
 いや、それはいい。
 新国立国際美術館は、大阪の都心・中の島にあり、地上にはオブジェのような屋根だけが見え、美術館自体はすべて地下、というのもオシャレだ。ただ、都心ではあっても、どの駅からもビミョーに遠く、JR大阪駅からビミョーな距離をバスで行く。
 その第1号の展覧会である。

 今回のデュシャン展は3部構成。デュシャンの作品、デュシャンの影響下の欧米の作品、そしてデュシャンの影響下の日本の作品。

 デュシャンの作品は、「階段を降りる裸体No.2」「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」「泉」「遺作」(「(1)水の落下(2)照明用ガス が与えられたとせよ(暗闇のなかで)」)など代表作がきちんとそろい、デュシャンの全貌が見渡せる。デュシャンの大きな展覧会は、20年ぶりらしい。

■「階段を降りる裸体No.2」の楕円の点線がアートを変えた

 「階段を降りる裸体No.2」は、キュビズムの手法に「運動」を加えて、階段を下りる人間を描いている。
 簡単に言ってしまえば、キュビズムのちょっとした進化形だ……。
 ……「えっ」と思った。運動を表すために、楕円の点線が、機械の説明書みたいに描かれている。
 ぼくたちは後のデュシャンを知っている。だから、これくらいのことは何とも思わない。
 でも、この小さな楕円の点線は革命的なのだと思う。キュビズムは、対象物を解体し、初めて対象物の単純な再現ではない絵を描いた。でも、実際に存在しない楕円の点線は描かなかった。若きデュシャンは、この楕円の点線を描いたとき、一歩踏み出したのだ。
 キュビズムは、カンバスという平面に立体を描くために、対象を解体した。デュシャンは、運動を描こうとするとき、ついに、実際には存在しない楕円の点線を描いた。もう、彼は、カンバスという平面を離れなければならないだろう。
 キュビズムは、対象を単に「突き放された対象」ではなく「画家が主体的に関わる対象」として描いた。しかし、それは、まだカンバスの中だ。でも、デュシャンは、対象と主体的に関わるために、つまり、同じ世界に存在するものどうしとして関わるために、もうカンバスは離れなければならないのだ。

■「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」が、世界を作る

 そう、「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」は、もうカンバスではない。
 ガラスという支持体に、「運動」が表現される。しかも、その「運動」は、もはや対象の再現(デュシャンの言う「網膜的」なもの)ではない。「独身者」の性的欲求が、気化し、「花嫁」を裸にする、云々、という「思考の運動」である。
 それは、もはや「描かれる対象」ではない。「思考の運動」が、ぼくたちと同じ位相でこの世界に「存在」している。
 それまでの絵画は、「世界を解釈すること」だ。「世界を解釈した結果を網膜に再現するもの」だ。しかし、デュシャンは、「世界に存在するものを作る」のである。

■便器「泉」が世界を変える

 次に、デュシャンが行うのは、「世界にすでに存在するものと主体的に関わり、世界を変えてしまうこと」だ。
 そう、あの「泉」である。
 既製の男性用便器に、「R.MUTT」(デュシャンのこのとき用の偽名)と署名して、はい「泉」です、というあれだ。
 デュシャンが、便器を「泉」と名付け、展覧会場に持ち込む(結局、拒否されるのだけれど)ことにより、便器は小便をする対象ではなくなり、いや、「便器は小便をするもの」ということになっている「世界」自体が変えられてしまうのだ。
 ゴッホがどれだけ迫力のある絵を描いても、それは、世界を解釈しているだけだ。しかし、デュシャンは、「便器は小便するもの」という世界を変える。
 マルクスも言っている。「重要なのは、世界を解釈することではなく、変革することなのだ」と。
 (……などと、なにやら哲学的なことを書いていても「便器」とか「小便」とか書くごとに力が抜ける……。まぁ、それもデュシャンなんだろう……。)

■「遺作」(「(1)水の落下(2)照明用ガス が与えられたとせよ(暗闇のなかで)」)の彼方

 でも、それは、もう表現の極北だ。それ以上行くところはない。
 「白の上の白」を描いたマレヴィッチは、その後、具象的な絵画に戻る。
 デュシャンはといえば、フランスの代表に選ばれるほどチェスに熱中し、アートの世界から退いたように見える。
 しかし、彼は、実は、「遺作」(「(1)水の落下(2)照明用ガス が与えられたとせよ(暗闇のなかで)」)を作っていた。
 のぞき穴から観ると、その向こうには異次元のような世界が広がる。
 局部を露出した女性の裸体が横たわり、顔は見えない。片手にランプを持っている。背景は、非現実的な風景が広がる。
 これは、もう、何と言ったらいいのだろう……。

■日々、変わりながらも、結局何も変わらない世界

 ところで、今回の展覧会の第2部・第3部は、デュシャンにインスパイアされた作品が展示されている。最初は、「余計や」と思ったけれど、これが実に「現代美術」のそうそうたる面々なのだ。
 極言してしまえば、彼らはみなデュシャンの土俵で相撲を取っているのだ。それが、よくわかる。

 ぼくは、現代美術の展覧会やギャラリーに行くたびに憂鬱になる。
 すべての価値観から自由なはずの「現代美術」が、どうしてこうも「似たり寄ったり」なのか? いや、もちろん、その中にさまざまな成果があることを認めつつ、結局、「泉」の拡大再生産をやっているだけのように見えるのだ。
 最近、やっと、この隘路から抜け出す兆候があるのは(しかも、日本初のアートで)、とてもうれしい。

 実は、ぼくは、美術展に行くと、お客さんの様子などもよく観察する。
 普通は、「代表作」の回りは人だかり。ぼくは、人垣の後ろから眺めつつ、徐々に作品に接近してゆく。
 ところが、この「泉」の前は、みんなほぼスッと通り抜ける。
 いや、そうだろう。なにせそこにあるのは、ただ署名されただけの既製の便器なわけだし、だから、画集などの写真で見てるのと別に変わりはない。身を乗り出して、細部をにらんで「うーん」なんてこともない。
 単なる署名されただけの既製の便器なのだ。新たな感動もあるわけがない。
 本当は、そこで世界は変わったはずなのだ。今もそこで変えられ続けているはずなのだ。
 しかし、人々は、当たり前のように、国立国際美術館という真新しい美術館の一室に置かれた便器の前を、何事もないかのように次々と通り過ぎていく。
 いったい、ぼくたちは、今、どんな世界に棲んでいるのだろう。
 言わずもがな、だけど、言う。
 デュシャンは、世界を変えたが、ぼくたちは、「日々、変わりながらも、結局何も変わらない世界」に棲んでいるのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (3)

空を見つけた画家たち-フェルメール「画家のアトリエ」栄光のオランダ・フランドル絵画展

『フェルメール「画家のアトリエ」栄光のオランダ・フランドル絵画展』のホームページ

 今回も、フェルメールを観よう、と意気込んでいくと、ガッカリする。もちろん、フェルメールの作品は「画家のアトリエ(絵画芸術)」の1点だけ。超寡作なフェルメールだから、これはしかたないし、タイトルにフェルメールの名をバーンと出すのもしかたない。「オランダ・フランドル絵画展」じゃ、人来ないからねぇ。
 フェルメールの他は、オランダの絵画が歴史順に並んでるだけ、とガッカリした人も多いと思う。

■フェルメールの絵は別格だ

 フェルメールの作品は、最後の部屋に1点だけ特別に鎮座ましましている。そのすばらしさを言うまでもない。
 おそらくカメラ・オブスクラを用いたであろう正確な空間把握から来る端正な美。人間の視界で、近くのものには焦点が合わずぼやけて映ずるように、近くの椅子はぼやけている。人間の視界で、光るものが浮き出るように、シャンデリアが浮き出ている。
 こういう人間の視覚への近さがなんとも心地よい。

■ただ広がる美しい空

 でも、今回、面白いのは、風景画の誕生という「劇」だ。わずかなフェルメールやレンブラント以外は、知らない画家だと思って、ガッカリしてちゃ、もったいない。
 作品は、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲのパートに分けられている。Ⅰ・Ⅱは、神話画・歴史画である。そこでは、オランダ絵画特有の写実性と共に、空間は、濃密な意味に満たされている。僕は熱心に見入るけれど、息苦しい。
 ところが、Ⅲのパートに来ると、一気に「濃密な意味」から解放される。何でもない風景が近景に描かれ、地平線は低くとられ、その向こうに空が大きく広がる。青い空に、雲が湧き上がり、小さく鳥の群れが描かれている。
 実は、こういう絵画の代表格のロイスダール(ライスダールとも表記する)は、僕の好きな画家のひとりだ。日本ではメジャーな画家ではないけれど、空が美しい。
 ロイスダールをはじめとするこのころのオランダの画家は、風景を、空を、発見したのだ。
 何の意味もない、ただ広がる空を。
 それまでの絵画では、空は、濃密な神話や歴史の風景の背後にわずかに描かれる背景に過ぎない。
 ロイスダールたちは、背景ではない、ただ広がる空を発見してくれた。

■貨幣経済がもたらした透明さ

 これは、よく言われるように、当時、オランダが、カトリック国スペインから新興プロテスタント国として独立して、商業が発達し(そのオランダ人が、日本までやって来て、鎖国下の日本の通商国となる)、その商人たちが、手軽に家に飾れる風景画を欲したからだ。
 でも、たぶんもっと言えば、資本主義・貨幣経済・自由競争の中に飛び込んだ彼らは、すべてが貨幣によって等価にとらえられる「透明」な風景を初めて見たのだ。
 同じく、神話や歴史などという特権的な意味のない、すべてが等価な「透明」な風景を彼らは、「見た」のだ。その空は、何の意味も担わず、透明で、遠くまで等価に広がり続いている。

■「劇」を目撃する喜び

 美しい風景画を、資本主義の「お金」などと一緒にすると、怒る人がいるかもしれない。
 でも、それは、今の僕たちの、「空は美しく、お金は汚い」という価値観だ。

 ロイスダールたちオランダの画家たちは、すべてを透明に見ることができる貨幣経済のもとで、何の意味も背負わない透明な空を「見た」のだ。
 歴史上、二度とない、その「劇」を、たったⅠ・ⅡのパートからⅢに足を進めるだけで、まざまざと目撃できる喜びこそ、こういう「歴史順」の展覧会の喜びなのだ。


以下のブログにも、同展の記事があります。

私が楽しんだのは17世紀のオランダ絵画。都市が形成され市民社会が定着し始めた頃の絵画はとても親しみやすく活気のあるモノが多い一方、田舎を描いた写実的な風景画には現代のヨーロッパの田舎にも通じるようなある種の寂しさを感じさせる色合いがあり風土の時的な普遍性を感じさせてくれました。 最後に控えていたのが、チケットの半券にもなっているフェルメールの「画家のアトリエ」(半券は絵の一部分)これ以上の精緻さは無いというほどの質感と構図の妙。圧倒されました。
Timeless Fascination Diary
個人的に興味を引いたのは、現在のわれわれの視点からして明らかに「おかしい」もしくは「上手くない」作品が多く出展されていたという点である。企画の内容的に、例えば遠近法の発見をまたぐようなかたちであったということもあるだろうが、それを差し引いても「おかしい」もしくは「上手くない」と感じられる作品が多かった。それらは大抵の場合、聞いたこともない作者もしくは明確な作者がわからないようなものであったが、それに比べてやはりファン・ダイクやルーベンスなどの有名な作家の作品は技術的にも表現的にも異なる次元にあるように感じられた。もちろん作家の知名度で評価するわけではないが、やはり名画と呼ばれるものは馬鹿にはできない。
  日々嘉綴批評


| | Comments (0) | TrackBack (0)

横山大観展-偉大なる失敗の集積

横山大観展のホームページ


 なんだかんだと多忙な日が続き、行きたかったワイエスも白隠も東山魁偉も行くことができなかった。
 久しぶりの展覧会である。
 まず展覧会としては、代表作の「無我」「生々流転」「夜桜」等がちゃんとそろい、一見の価値ありである。京都展と長野展しかないみたいで、惜しいなぁ。

■恐れ多いにもほどがある……

 恐れ多い題名をつけてしまった。
 絵画の専門家でもなんでもないぼくが、近代日本画の巨匠・横山大観を、「失敗の人」とは! 恐れ多いにもほどがある。
 しかし、ぼくには、この多くの横山大観の代表作、つまり、近代日本画全体の代表作を含む展覧会が、偉大なる失敗の集積に見えるのである。……いや、恐れ多い。

 これは、前にも書いたけど、どうもぼくには、「近代日本画」というのがわからない。妙に違和感がある。横山大観が、その「近代日本画」の巨匠であってみれば、ぼくの違和感も巨匠級にならざるを得ない。
 今回は、その違和感を、違和感のまま、書き付けておきたい。

■めちゃくちゃキレイだけど漫画みたいな「夜桜」

 まず、展覧会場の最初に、どーんと「夜桜」がある。見事な色彩、見事な構成、そして迫力。……なのだが、どうも違和感がある。
 横山大観の歴史的意義を教科書風に言ってしまえば、「日本画の近代化」だろう。日本画の優秀性をフェノロサや岡倉天心に教えられ、かつ、その日本画に西洋画の空間処理や色彩を取り入れることを学んだ。
 「夜桜」。たしかに、日本画本来の装飾性と西洋画の色彩や描写が見事に融合している。めちゃくちゃキレイだけど、なにか、「漫画」みたいな印象を受けてしまう。

■中途半端さを感じる朦朧体

 そして、日本画本来の線表現をなくした「朦朧体」の絵画たち。輪郭線をなくすことによって、「平面性」を脱し、奥行きが出る。しかし、何か中途半端なのだ。西洋画のよさも出し切れず、日本画のよさも殺してしまっているのではないか、などと、……ああ、また恐れ多い……。しかし、「朦朧体」とは、当時の保守派が揶揄した名称だが、その気持ちもなんとなくわかってしまうのだ。

■「東洋的な精神性」が「見えて」しまう「生々流転」

 さらに、滔々と流れる河に沿って、人生、宇宙の流れを感じさせる、水墨画の「生々流転」。東洋的な精神性を重視した横山大観らしい。
 でも、不思議なのだ。例えば、雪舟と比べたとき、雪舟の水墨画には、そんな「精神性」などないのだ。「精神性」など主張していないのだが、その背後には、揺らぐことない「精神性」が存している。横山大観の「生々流転」は、「東洋的精神性」が「見えて」しまうのだ。
 それは、結局のところ、西洋人であるフェノロサや、一旦、日本画の伝統が崩壊した後に、事後的に、岡倉天心、そして、横山大観が、西洋人・近代人の眼で発見した「東洋的な精神性」ではないのか。早い話が、京都へやってきている欧米人が、ことさらに東洋の神秘にあこがれて、「無」などと書いたTシャツを着ているのと、同種のものを感じてしまうのだ。

■偉大な実験者か?

 どの絵も、ぼくには、「失敗作」に思える。
 いや、もちろん、これは、横山大観が、「偉大な実験者」だったことへの賛辞の裏返しでもある。だから、「偉大なる失敗の集積」と言っている。
 いや、しかし、結局のところ、東洋と西洋の融合などという実験そのものが、失敗だったのではないか。
 いやいや、西洋人の眼で、東洋人である自分自身を観ているのは、すでに、日本人全員の病だ。……
 わからない。

 近代日本画の巨匠・横山大観の展覧会を、妙に深刻な顔をして眺めているのは、周りを見回しても、どうもぼくだけであった。



■次のブログにも横山大観展の記事があります

何年か前(かなり昔のような気が・・・)観た横山大観の絵はとても大胆な構図で、 そのイメージが強かった為に、 今回の割と繊細な作品には意外な感じを受けた。 夜桜、鶉 など、植物や鳥の絵は素晴らしい。 でも・・・人物や犬、牛などの絵はイマイチ。 なんとなく弱点が見えたりして、妙な親近感が。(笑)
  「maeko◆ARTな日々◆」


 権力を手に入れ「偉いヒト」となった大観は、しかし実は絵が下手だった大観でもあって、さてそれでは我々は目の前にいったいナニを観ているのか。作品を眺めるより解説プレートを読んでいる時間の方が長くて、画題や来歴をテキストで知ることに熱心な観客は、しかしたとえ「この絵はホントは駄作だよ」と言われても、「ふうん、そうなの?」で済ますような気がする。「でも、こうやって大きな美術館で展覧会をやるほどの人なんでしょ?」と“反論”したりもするかもしれない。そう、専門家的な「上手下手」と一般的な「人気のあるなし」とは、必ずしも一致しないのである。
 
 冒頭にも書いたが、私は大観の作品のなかでは《或る日の太平洋》がいちばん好きである。あっちこっちで破綻を来し、描いてる本人ですらもうワケがわかんなくなってしまっているところが、好きだ。

  「踊る阿呆を、観る阿呆。」


唐突ですが横山大観の絵って観てていつも不思議に思うのですが、どこにも所属してないと思うんですよ。
例えば円山応挙、竹内栖鳳、小野竹喬と3つ作品ならべても私はですがあまり違和感を感じないんですよ。
竹内栖鳳の絵は遠近法が使われているけど、でもあぁやっぱり円山派だなぁという感じがするんですよ。絵のパーツ、パーツが
(正味の話竹内栖鳳もあまり好きではありませんが)
小野竹喬は絵としては円山応挙とは程遠いと思うけどでも、歳をとってから柔らかい風景画なんかは
やっぱり円山応挙がデフォルメして描いてるお地蔵さんの絵なんかの色の使い方がやっぱり一緒なんですよ。
という風な普通なら繋がりがあるとおもうのですが、横山大観の場合良いか悪いかはわかりませんが
無いような気がするんですよ、(だからでしょうか、今現在横山大観派って無いじゃないですか、)
あるのかもしれませんが、私には見抜けないだけかも。
ここが謎なんですよ。

「私的日記」

| | Comments (3) | TrackBack (2)

移転してきました

 他アドレスから移転してきました。
 これ以前の記事は、他アドレスの際の記事です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

長谷川等伯「智積院楓図」-濁流、輝き、踊り

智積院のホームページ
長谷川等伯「楓図」
 (長谷川等伯「楓図」のあるホームページ

 京都国立博物館で南禅寺展を観た後、近くの智積院に立ち寄った。長谷川等伯の「楓図」がある。
 博物館の近くにあるし、仕事でも近くにときどき行くのに、智積院に行ったのは初めてだった。(いや、実際には、トイレをお借りしたことが一度ある……。)
 智積院というお寺自体は、それほどメジャーなお寺じゃない。同じく近くにある三十三間堂にメジャー度では、ずいぶん負けている。ということで、ぼくも今まで行ったことがなかった。
 収蔵庫という建物に、長谷川等伯の「楓図」はある。うーん、この収蔵庫も、お世辞にも立派な建物じゃない。がらがらがらと重い戸を手で開ける。

♪長谷川等伯=「松林図屏風」と思ってた
 長谷川等伯というと、「松林図屏風」が超有名である。いや、もう、超超超有名である。日本美術関係の本の表紙なんかにもよくなっている。霧に煙る松林の水墨画だ。
 もう「長谷川等伯=あの霧に煙る松林!」のように僕の頭の中でも、刷り込みがおこなわれていた。
 もちろん、等伯が、当時の流行のキンピカの金碧画を描いていることは知ってるし、画集でも何度も観ている。でも、もう、「等伯=霧に煙る松林」なのだ。
 桃山文化のころ、織田信長・豊臣秀吉という天下人により天下統一がなされ、権力者や寺院は競って、キンピカの金碧画を画家に描かせ、その一大主流は、狩野派。そのキンピカ狩野派全盛の画壇に、長谷川等伯は、ぐいぐいと食い込んでいった。この智積院の「楓図」も、等伯が、狩野派からある大仕事を奪っちゃって、ショックで狩野派の大ボス・狩野永徳が死んじゃって、狩野派がオロオロしてるうちに、等伯がとってきた仕事だ。
 そんなこんなで、長谷川等伯の「楓図」のようなキンピカ金碧画は「お仕事」で、本質は「松林図屏風」みたいな枯淡な水墨画だ、というイメージがあった。

♪なんともすごい「お仕事」
 「おおっ」と思った。
 キンピカ障壁画の「楓図」は、「お仕事」なんかじゃなかった。
 ……いやいや、たぶん、「お仕事」と本質を分けて考えるのは、現代人の悪いクセで、近代以降、「画家は、お金のためではなく、自らの魂のために描く。お金のための『お仕事』の絵は芸術じゃなーい」みたいなヘンな観念ができちゃう。
 等伯の「楓図」は、なんともすごい「お仕事」だ。近代画家の痩せ細った「魂のための絵」なんかにない、「ギラギラ」さが「楓図」には、ある。「楓図」なんていう風流っぽい名前にごまかされちゃだめだ。ギラギラしていてパワフルで新しい。

♪濁流、輝き、踊り
 楓の幹が、怒濤の濁流のように、画面を斜めに貫く。筆が自由闊達に動く。色彩は、ゴッホのひまわりのように輝きを放って燃えている。
 と、思ってよく観ると、楓の葉っぱの一枚一枚は、なんかオシャレだ。ぴょんっぴょんっとリズムよく踊っている。何という花かわからないけれど、楓のまわりに生えている花の葉っぱも、ぴょんっぴょんっ、とか、つーんつーん、とリズムにのって踊っている。斜め左に描かれた川は、扇子みたいな形で、曲線が快い。

 前の記事で、みんなはモネを「さわやかメガネ」で観ている、だから、一度、ぼくは一度気絶してからモネを観る、と書いたけど、ぼくは、等伯を、「風流メガネ」をかけて観ていた。そして、自分から気絶してみなくても、等伯の方から僕を気絶させてくれた。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

南禅寺展-スーパー国際交流センター・南禅寺

南禅寺展ホームページ

 京都国立博物館で開催中の南禅寺展(亀山法皇700年御忌記念特別展「南禅寺」)に行ってきた。
 連休中ということもあり、なかなかの人出である。
 正直いって、前半は、史料的な文書中心だし、特に、アート的に「いいなぁ」というものはなかったなぁ。国宝も数点あるけど、アート的価値というよりも歴史的価値のあるものだし、長谷川等伯や円山応挙の作品もあるけど、彼らの面目躍如という作品じゃない。
 でも、たぶん、この南禅寺展は、「アート」の展覧会ではないのかもしれない。

♪南禅寺は「スーパー国際交流センター」
 禅寺は、当時の「国際交流センター」だ。
 今回、南禅寺は「スーパー禅寺」だ、というふれこみだけれど、ぼくは、「スーパー国際交流センター」の方がピッタリ来ると思う。
 そもそも、南禅寺をトップとする臨済宗が、鎌倉幕府に重んじられて、「五山文化」を形成するに至るのは、臨済宗の僧が、単なる宗教者ではなく、政治的・文化的な大使の役目を果たしていたからだ。

♪「スーパー国際交流センター」の水墨画たち
 今回、アート的には特に面白くないのは、たぶん、中国の水墨画が多いからだ。あまり関心をひかない。
 でも、当時は、中国の水墨画こそが規範だった。その規範を臨済宗の僧達が、いっぱい輸入してきた。「スーパー国際交流センター」なのだ。
 実際、日本の水墨画のスター・雪舟や長谷川等伯だって、かなり中国の水墨画の影響下にある。正直、彼らの元になった中国の水墨画を見せられると、「雪舟って……、等伯って……なんやったん……」とへこんでしまうくらい、オリジナルに似ている(もちろん、その類似を突き破って、自分の個性がほとばしっちゃってるのが、彼らなんだけどね。)。
 実は、当時の水墨画家たちは、中国の○○流、△△流、□□流など、どれでも描けて、お客さまに、「さぁ、どの流派のテイストでいきましょう?」っていうのが、当時の水墨画の描かれ方だったらしい。もちろん、今のような「オリジナリティ」という観念はないから、ほんとはぜんぜんOKなのだ。
 今回の展覧会は、要するに、南禅寺が「スーパー国際交流センター」だったということなのだ。
 そう気づくと、アート的に感動はしないけれど、「ふむふむ」と納得するのであった。


 あ、そうそう、展覧会場で小学館の「古寺を行く」(一週間に一回出るいわゆる「ウィークリー百科」というやつだ。)の中の「南禅寺」を売っていた。二年ほど前に刊行されていたものなんだけど、今回の南禅寺展向けオリジナル・バージョンを売っていた。
 買って、手に取ると、妙に薄いぞ……。
 家で確かめると、本来「南禅寺・東福寺」で34ページ、560円のものを、「南禅寺」だけにして、18ページ、500円にして売っているのだ。ぼくは、このシリーズ、好きなんだけれど、ちょっとムッとした。(せこいけどね……^^;)


■このブログにも感想があります

東京国立博物館の南禅寺展に行った。 平成館2階の半分を使っただけであったが観覧料はなんと1,200円。展覧会の呼び物となるような目玉があるわけでもなく、公式サイトにある割引券を使っても1,100円と、激しい割高感であった。  KATZLIN'S blog
展示品では長谷川等伯,狩野探幽,円山応挙(東京国博出品)か南画の多い中,日本人独自の作風を創造したこの3人が私は興味があった。等伯の息子宗七の作品も珍しい。他に重文の一切経秘蔵詮も特別公開の目玉であるが私には関心無く,又人々の鑑賞も殆ど無かった。  日日是好日
序盤は古文書のたぐいが多く地味でしたが、最後の方では長谷川等伯、狩野探幽、円山応挙などの障壁画が次々と出てきて圧巻でした。また南禅寺中興の祖にして大御所家康の側近として活躍した以心崇伝に関する展示が、「南禅寺と以心崇伝」展というタイトルにしても違和感がないくらい、多かったのが個人的には興味深かったです。  キング・オブ・ビースツ

| | Comments (1) | TrackBack (0)

マルモッタン美術館展(2)-可能性の画家・モネ

モネ晩年の絵のあるサイト
モネ最晩年の絵のあるサイト

 マルモッタン美術館展のクロード・モネの絵は、1880年代の後期の作品だけ。前の記事にも書いたけど、ばりばりモネを見ようと思って行くと、がっかりするかもしれないね。

♪一瞬記憶喪失するとモネのグロテスクさが見えてくる
 イッパン的には、クロード・モネというと、さわやかイメージ(?)があるけれど、なにしろ、後期のモネの作品は、あんまり「さわやか」じゃない。むしろ、グロテスクでさえある。
 あ、こんなことを言うとクロード・モネが好きな人(ぼくも「モネが好きな人」だけど。総合ポイントで言えば、いちばん好きな画家だ。)に怒られるかもしれないけれど、後期の作品を見る前に、一瞬記憶喪失(*_*)して、タイトルも作家名も見ずに、ゼロの状態で作品に向かってみたら、きっと「グロテスク」に近い印象を持つんじゃないかな。
 そう、ぼくは、絵を見るとき、ゼロの状態になるために、ときどき一瞬記憶喪失することにしている(^o^)。

♪オルセー美術館での体験
 いや、実は、以前、フランスで、一日、ルーブル美術館で印象派以前の絵を見て、翌日、オルセー美術館で印象派の絵を見たとき、「気が狂った絵だ!」と感じた。(表現が悪くてスイマセン。だけど、ほんとにそう感じてしまったんだ。)ある意味、1874年の第1回印象派展でモネたちの絵を罵倒し冷笑した人の気持ちがわかる気がした。ぼくたちは、今有名な画家が、かつて酷評されたと聞くと、「ふーん、昔の人は無理解だったんだねぇ」なんて思うけど、たぶんそれは違う。
 いまでは、モネたち印象派の絵は、最も人気があり親しまれた「標準的な絵」だ。会社が配るカレンダーには印象派の絵が載り、展覧会があればとりあえず人が集まる。
 けれど、ルーブル美術館で印象派以前の絵(カンタンに言っちゃえば、神話や歴史を丁寧な仕上げで理想化して描く絵)を一日見た後、印象派の絵は「気が狂った絵」に見えた。貴重な体験だった。

♪悶え、氾濫、混沌
 後期モネの作品は、そのつながりで言えば、かなり「気が狂っている」。今回のマルモッタン美術館展で、モネの部屋に入った瞬間、「気が狂っている」と感じて、オルセー美術館での体験をまざまざと思い出したのだ。
 多くのひとは、「あのモネの睡蓮かぁ。いいわねぇ」という「さわやかメガネ」をかけた眼で見るので、気づかないだけだ。
 悶えるような柳や睡蓮の根、
 毒々しい赤茶色など色の激しい氾濫、
 水に映った光景か現実の水の光景かもはや区別がつかない混沌、……。
 一瞬気絶して、目を覚ましたとき、この絵が最初に目に飛び込んできたら、思わず逃げ出すかもしれない。
 記憶喪失して、タイトルに『重層する色彩の狂乱と悶える形態の破壊の闘争』なんていうタイトルがついていたら、「グロテスクな抽象画だ」と思ってしまうかもしれない。

♪可能性の画家・モネ
 もう最晩年の、白内障を患ってからの絵は、ジャクソン・ポロック顔負けの、ものの形はすっかり解体された激しいまでの色彩の乱舞だ。「鬼気迫る抽象表現主義の画家・モネ」がいる。
 カンディンスキーが、モネの「積みわら」を見て、抽象絵画に目覚めたのは有名な話だけど、モネは、それ以前の絵画を解体して、その後の絵画史のさまざまな可能性を用意した画家だと思う。
 ときどき記憶喪失に陥ってみて、モネの絵を見るとそれがよくわかる。


■このブログにも感想があります
今回は、モネの晩年の作品(彼が白内障にかかってからの作品)もあったのだが、こっちは見ていてクラっとするほどの激しさだった。

色といい筆づかいといい、それは印象派というよりも、ある種の色彩群と化していて、モチーフの内容を識別できないものも。ただ、そこに込められた魂は痛いくらいに突き刺さってきて、なかなか目が離せない。そんな感じの作品だった。
 natural tribe

| | Comments (0) | TrackBack (0)

マルモッタン美術館展(1)-ベルト・モリゾの「獲得した自分の眼」

マルモッタン美術館展のサイト
ベルト・モリゾの絵のあるサイト

 マルモッタン美術館展を京都市美術館で観てきた。
 まぁ、この種の「○○美術館展」にありがちなんだけど、実際上は、「ベルト・モリゾ+後期モネ展」といったもの。だから、きっと、印象派全体を期待して行ったり、ばりばりモネを期待して行ったりすると、がっかりするだろう。
 でも、ベルト・モリゾみたいに、まとめて観られる機会がめったにない画家の作品をじっくり観ることができるのは素晴らしいことだし、ぼく自身は、晩年のモネの作品は大好きだ。

♪独自性はなくても、輝くベルト・モリゾの絵
 そう、今回の作品のほぼ半分はベルト・モリゾの作品。
 印象派系の展覧会で断片的には何度も観ているけれど、まとめて観るのは今回が初めてだ。(「ベルト・モリゾ展」にしちゃってもいいんだけれど、それではお客がぐっと減ってしまうのが、営業上の悲しさだ。ベルト・モリゾの作品がまとめて日本で展覧されるのは今回が初めてらしい。)
 正直なところ、モネやルノアール(シスレーやピサロなどでさえ)がもっているような革新性・独自性はないといっていいだろう。前期はモネ風で、後期はルノアール風、かな。

 けど、ベルト・モリゾは、輝いていた。
 今まで、印象派系の展覧会でベルト・モリゾを断片的に観て、「ああ、印象派の傍流の女流画家ね」と思っていたぼくは驚いた。
 「彼女は、初めての女性画家なんだ!」と改めて思った。
 いや、美術史上の客観的事実を言ってるんじゃない。もちろん、ベルト・モリゾは、基本的に「女性画家の先駆」と言っていいんだけど、そういう話じゃない。

♪「女性の眼」と「絵画の眼」が一致した瞬間
 よく、ベルト・モリゾは、「女性らしく家族を描いた」と言われる。たしかに、そうだ。描かれたモチーフは、家族もしくは家族を連想させるような風景画・人物画で、「女性らしく」微笑ましい愛情に満ちている。でも、そんなふうに言ってしまうのは、たぶん、逆転した発想だ。

 印象派が、一瞬の光を見いだした。
 それ以前の歴史画や神話画は、永遠の時間の中に静止し、自分たちが実際に目にしている一瞬の光の移ろいを描くことはなかった。写実主義を経て、印象派は、静止した絵画の呪縛を解き、自分たちが実際に体験している一瞬の光の移ろいを描きはじめた。そのとき、描かれる題材も、また、歴史や神話ではなく、自分たちの体験している当たり前の光景になった。印象派の画家たち(モネ、ルノアール、シスレー、ピサロたち)は、身近な光景を描いた。

 そのとき、女性が美術史に登場するチャンスがあらわれたんだ。印象派が女性画家の登場を歴史的に用意した。
 歴史画や神話画は、あくまでも、公的な仕事であり、女性のなすべきことではなかった。しかし、身近な光景やそのひとつである家族の光景なら女性も描くことができる。
 もちろん、それまでも女性の画家はいたが、それはあくまでも例外だった。でも、今度は違う。
 間違いなく、ベルト・モリゾという一女性が「自分の観た光景」、「自分をとりまく光景」を描くことができるのだ。
 「絵画の眼」と「女性の眼」が一致した瞬間だ。
 「男性の眼」の二次的な行為としてではなく、「自分の眼」で絵を描くことができる。
 そう、ベルト・モリゾの絵は、「自分の眼」「女性の眼」で、外界を観て、描くことができる、その喜び、その自信に満ちあふれているんだ。

♪殻をつけながらも震える絵
 もちろん、時代的な制約はある。
 モネがそのころ登場した最新テクノロジーである機関車や駅を描いたり、ルノアールがやはりそのころ登場した最新の社会状況であるパリの歓楽を描いたようには、ベルト・モリゾは広がりはもたない。あくまでも、家族もしくはそれに類する風景や人物が題材だ。
 でも、間違いなく、モリゾは、ほぼ初めて女性が自分の眼でとらえた外界を表出した。それは、モネやルノアールの眼を借りてかもしれない。
 新しい歴史のはじまりは、たいていそうだ。いきなり「100%自分の眼」というわけにはいかない。でも、「自分の眼」をもった瞬間の喜びに、絵が震えている。はっきりとは見えないけど、震えている。

 その後の女性画家たちは、「独創性」を獲得したり、「家族」という枠を飛び出したりしていく。それから遡れば、モリゾは、「印象派の一人の家族を描いた女流画家」に過ぎない。でも、それは、歴史の後から見た跡づけだよ。

 ベルト・モリゾの絵は、さまざまな殻をつけながらも、女性がはじめて自分の眼で外界をとらえ、それを外界に表出しえる喜びに震えている……。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

無鄰菴-山県有朋の近代

無鄰菴

 マルモッタン美術館展を観るために京都市美術館に向かったけど、天気もとても良く、桜もほぼ満開。
 これは、もうマルモッタン美術館展は後回し、ということで、哲学の道から銀閣に向かった。

 あ、もちろん、マルモッタン美術館展を軽視したわけじゃない。
 ベルト・モリゾやモネ晩年の作品が多くてイマイチという向きもあるけれど、ベルト・モリゾのように、通常まとめて観る機会のない画家をまとめて観られるのは楽しいし、実は、モネの白内障を患ってからの鬼気迫る抽象画のような作品は、モネと抽象表現主義(たとえば、ジャクソン・ポロック)の間に、もうひとり「鬼気迫る抽象画家・晩年のモネ」という画家がいるようで、大好きなのだ。

♪無鄰菴になんとなく立ち寄る
 で、哲学の道に入る前に、無鄰菴〔むりんあん〕に立ち寄る。
 明治の元勲・山県有朋が別荘とした庭だ。山県有朋が、小川治兵衛に細かい指示を与え作庭させた庭で、近代的庭園のはじまりとされる庭である。
 傍らには、山県有朋・伊藤博文・桂太郎・小村寿太郎が日露戦争について話し合った「無鄰菴会議」が行われた洋館がある。

♪陰影のない明快さ
 無鄰菴に入った瞬間受ける印象は、よく言えば平明、悪く言えば平凡、だ。陰影がなく明快さが空間を支配している。
 山県有朋は、それ以前の仏教的な思想によって構成された庭を否定して、近代的な庭が造りたかったようだ。
 たぶん、ぼくが受けた、平明もしくは平凡という印象は、この「近代性」からきているんだろう
 疏水の水を取り入れた小川が流れ、東山の山々を取り入れたこの庭園は、たしかに肩が凝らない。
 でも、正直、なにか不足だ……。

♪庭に向かい近代国家・日本に思いを馳せる
 山県有朋という人は、伊藤博文とともに、明治の近代日本を、実に冷静な実務感覚をもって作り上げた人だ。
 けど、山県有朋には、たとえば、維新の三傑の西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允(特に西郷)がもっていたような「近代」に対するアンビバレンツな情熱はない。
 むしろそういうアンビバレンツな感覚を捨ててすべてを平明に割り切ることこそが、近代なのだ、という男である。そして、その山県・伊藤が、良かれ悪しかれ「近代国家・日本」を作り上げた。
 いや、ぼくは、「政治」とは、ある意味そういうものだと思ってるから山県有朋は決して嫌いな人物じゃない。

 けれど、この明快さ、平凡さ、明るさ、陰影のなさが、ぼくを不思議な気持ちにさせ続けたままだ。
 庭に向かいながら、それ以前のある種過剰な思想性をたたえた庭とは異なるこの明快で平凡で明るく陰影のない庭が、良かれ悪しかれ、もしかしたら近代国家・日本の姿なのだろう、と、複雑な気持ちに捕らわれる私であった。

 外へ出ると、美しい桜が並ぶ哲学の道に人があふれていた。

 銀閣については後日書こう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ドガ-一瞬の視覚の快感

ドガ"L'etoile [La danseuse sur la scene] (The Star [Dancer on Stage]) "

 NHK「世界美術紀行」で、エドガー・ドガを観た。
 こういうメジャーな(例えば、美術全集にだいたい入ってるような)画家の絵を、テレビのチャンネルをたまたま変えて、何気なく眼にすると、はっとする。
 やっぱりいいなぁ、と思う。

♪ドガ、再発見!
 ちょっと話しはそれるけど、メジャーな画家は、やっぱりすごいんだなぁと思う。
 ちょっと通になると、メジャーな画家を馬鹿にしちゃったりする。以前、モネ展に行くときタクシーに乗ったら、乗務員の人が美術好きらしく、「モネなんて……」とさんざん馬鹿にされた(^^;)
 メジャーな画家って、それまでの絵画観(もっといえば、世界観)をガラッと変えて、今のぼくたちの絵画観(世界観)を作ってしまった人だ。今のぼくたちの立ってる土台を作った人だ。でも、土台だから、今のぼくたちから見れば、「平凡」に見えてしまう。
 もっとも、ドガはモネやルノワール、あるいは後期印象派のセザンヌ、ゴッホといった他の印象派の画家に比べれば、ちょっとメジャー度低し、なんだけどね。

♪切り取られた画面
 さて、ドガの特徴は、何といっても独特な切り取り方だ。
 真ん中に人物がいなかったり(フツーは人物の絵なら真ん中に人物を置く)、人物が切れていたり、角度がヘンな角度だったり……。
 基本的には、これは、写真の発明の影響だろう。(もちろん、北斎の影響も大きい。)
 ほら、写真って(特に最近は、インスタント・カメラ、そしてデジカメ、カメラつきケータイが普及して気軽にとるから)、現像してみると(あるいは、後で液晶画面で見ると)、真ん中に人物がいなかったり、人物が切れていたり、角度がヘンな角度だったり、……一瞬の表情やしぐさがすごく笑えたりする。
 ああいう写真は恥ずかしい。普段、自分は、鏡の前で、正面から見たオスマシした自分の顔を見ているから、変な角度からの自分の顔や一瞬捕らえられた変な自分の顔は恥ずかしい。
 ……話しをドガに戻そう。
 ドガの絵は、そういう視覚なのだ。

♪一瞬の視覚の快感
 そういう視覚というのは、妙に心地よい。
 そう、普段、ぼくたちは、自分の顔を「オスマシ顔の正面顔」として意識しているし、友達が実際には動いていても、ほぼ正面顔として意識している。先生が教室の前でしゃべっていたら、ほんとうは視覚の中心じゃないのに、先生を視覚の中心に置いている。
 そういう「観念の視覚」を、ドガの絵は「ナマの視覚」に一瞬戻してくれる。
 スーツを脱いで、普段は風が当たらない二の腕あたりに、一瞬ナマの風がふれたような心地よさだ。
 凝っていた体を、整体でグキグキっとやってもらって、「観念の身体」が「ナマの身体」に戻ったような気持ちよさだ。
 ……へんな喩えばかりだけど。

♪印象派の革命
 やっぱり印象派は革命なのだ。
 今では、印象派は銀行がくれるカレンダーにうってつけの「スタンダード」になってしまって、「絵画の革命」というと、ピカソだったり、抽象主義だったりするんだけど、やはり本当の革命は印象派だと思う。
 印象派以前、絵画は「永遠の相」のもとにあった。「無時間の絵画」だ。
 つまり、実際には動いていても、観念としては、対象は、「永遠の相」のもとに静止してるのだ。時間を超越している。
 今、ぼくたちが、印象派以前の絵画を観ると、逆に、時間を超越した崇高さ、静謐さを感じるのは、そのためだろう。
 印象派は、今までの「三次元の絵画」に「時間」という軸を加えた。対象は、時間を忘れて静止していることをやめて、「時間」の中に放り込まれた。
 こういう人間の認識それ自体を変えてしまうような絵画は、やっぱり「革命」なのだと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大英博物館の至宝展-無秩序な歴史の圧倒的パワー

 神戸市立博物館の「大英博物館の至宝展」には、2月10日に行ってきた。そのときでも、すごい混みようだったから、会期が終わりに近づいた今では、もっとすごいんだろう。

♪大万人向け展覧会だけど
 こういう展覧会は、もちろん、一貫したテーマがあるわけじゃない。今回は、アジアやアメリカ大陸などの「至宝」も含めて、多文化主義を標榜してるようだけど、まぁ、なんか、ちょっと無理矢理っぽい。
 いわゆる美術好きからすれば、「万人向け」という気がするし、実際、普段は美術とは無縁の人も大挙押し寄せる。

♪世界の歴史を無秩序にほうり出すパワーに圧倒される
 でも、逆に、こういう展覧会には、すごいパワーがある。
 なにしろ、「世界の歴史」が無秩序(もちろん、一定の秩序はあるわけだけど、ある個人や主義の展覧会から見れば、無秩序だ。)にほうり出されてるんだからね。
 その「世界の歴史が無秩序にほうり出されている」状態に圧倒される。

 人が多くて、自由に歩き回れないから、人の流れに従ってゆっくり観る。普通の展覧会のように、一旦ある時期の作品を観て、別の時期の作品に戻って比較する、とかいう「通」な見方はできない。
 でも、こういう展覧会は、それがいいのだ。
 単純に「世界の至宝」が目の前に繰り広げられることに目を見張る。とにかくそのパワーに圧倒される。ふだんの変な「批評的な眼」なんてどこか行ってしまう。

 だから、こういう展覧会は、変に多文化主義とか標榜せずに、どんどん圧倒的なパワーを見せてほしい。
 そのパワーに圧倒されるのは、けっこう大切な体験だ。
 もっとも、その多文化主義的展覧の方針(?)で、最後に日本のスペースがあり、世界史の中で不意に銅鐸にぶつかったときには、何か不思議な感動を覚えたけどね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ミケランジェロ『最後の審判』-体験するアート

ミケランジェロ『最後の晩餐』

 これは、以前のこと。

 システィナ礼拝堂で、ミケランジェロの『最後の審判』を経験したんだ。
 そう、観たんじゃなく、「経験した」。「感じた」と言ってもいいかもしれない。
 絵を観る。
 絵の実物を観る。
 日本にやってくる展覧会で。海外の美術館で。
 しかし、今回はまったく違う「体験」だったんだよね。

♪まずはパンテオン
 前日、いったん、バチカン美術館のシスティナ礼拝堂で『最後の審判』を「観て」、その後、同じローマにあるパンテオンに行った。
 ローマ時代の遺跡で、ドーム型の建築、柱はない、そして、天井にぽっかりと穴があいていて、空が見える。
 パンテオンには、特別美しい絵や彫刻があるわけではない。無料だし、多くの人は、正直なところ、少し退屈そうにしている。
 でも、感じた。
 この私を今包んでいる空間の緊張感を。
 そして、緊張感を突き抜けるように天頂に逃れる自分の魂をね。

♪『最後の審判』がステレオグラムに
 そんな「空間体験」があって、翌日の再びのミケランジェロの『最後の審判』。
 二度目のよゆーあって、私は、椅子に座り、ぼおーっと長時間、『最後の審判』を眺めていた。
 そのうち、何かが変わってきた……。
 そう、ぼおーっと長時間眺めていると、ちょうど、ステレオグラムのように、だんだん『最後の審判』が立体的に見えてきた。
 もちろん、「自分は彫刻家であって画家ではない」と自認し、本当は『最後の審判』の仕事も『天地創造』の仕事も教皇から命じられて嫌々していたミケランジェロだ。
 それも手伝ってかな、登場人物たちが、どんどん立体的になり、せり出し、ぼくに迫ってきた。もはや、登場人物たちは、壁に張り付いた平面ではなく、生きているようにその空間に存在していたし、背景も奥行きのある空間になって、奥の空間はどこまでも続き、手前の空間はぼくを含んだ。
 そのとき、ぼくはもう『最後の審判』を「観て」いなかった。『最後の審判』の空間にぼくは在った。
 「あっ」
 そう、イエスがまさにそこに存在したんだよ。
 ぼくは、別段、キリスト教徒じゃない。しかし、審判を下すイエスの存在をまざまざと感じた。

♪そして地獄
 と、下方に目を移すと、そこは地獄。
 このシスティナ礼拝堂にいる多くの人びとはみな首が痛くなるほど上を見上げている。
 天井の『天地創造』と、壁の上の方に描かれている『最後の審判』のイエスやマリアを観るために。
 けど、きっと昔ここに普通に礼拝に来た人は、決して上ばかり見上げていたわけじゃないだろう。むしろ、ほとんどは、視線の高さにある地獄を見ていたはず。
 そう、ぼくたちは、画集を見るのに慣れている。
 画集にでかでかと載っているのは、上方のイエスだ。地獄は、載っていないか、載っていてもあんまり見ない。
 でも、当時、ここに礼拝に来た人はそんなふうには見なかったはずだ。今、システィナ礼拝堂にいる人は、システィナ礼拝堂にいながら画集を見てしまっている。
 ぼくは、今度は地獄をぼおーっと眺めた。地獄が徐々に立体的になり、現前する空間になった。ぼくが救いを求めながら、そして、上方には、イエスが、……いた。

♪空間体験をなくしたぼくら
 この時代を境目に、絵は描くのに大変なフレスコ画の壁画から、描くのが比較的容易な油絵のタブローに変わっていく。
 もちろん、何度も何度も塗り重ねることが可能な油絵によって、ダヴィンチのスフマートのような描き方が可能になり、絵画はさまざまな可能性を探るようになる。
 でも、タブローは、あくまでも「観る対象」だ。この変化によって、ぼくたちは、絵の空間に在り、絵を現前するものとして体ごと感じることを失ってしまったのじゃないかな。
 もちろん、ロスコーや、あるいは多くの空間芸術の作り手たちが、そうした空間体験の復権を企てていることを知ってはいるのだけれど。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

田中一村展-岩絵の具が輝いている!

田中一村記念美術館ホームページ
田中一村の絵を紹介しているサイト「孤高の日本画家 田中一村」

 「田中一村展」に行ってきたよ。

♪近代日本画は宿題中
 正直なところ、近代日本画はあまりよく知らない。田中一村も、「新日曜美術館」で初めて知って、「ルソーみたいな日本画だなぁ」と思ったのが最初。でも、そのときの絵が鮮烈に残った。

 会場は大阪の心斎橋大丸の「大丸ミュージアム」。入ると、ふつーの日本画がいっぱい並んでいる。
 「えっ?」ルソーのような鮮烈な日本画が目に飛び込んでくるはずだったのに……。実は、「ルソーのような日本画」は、奄美に渡った晩年の10数点だけだったのだ。
 最初は、ちょっとへこんだけど、実は、田中一村の全画業を見渡せ、GOODだ。

 またまた、正直なところ、ぼくは、現代の日本画がよくわからない。あまり見ない。というか、見る機会もあまりない。日展みたいなのでたまに見ると、油絵とあまり変わらないような作品が多い。そこが、よくわからない、正直……。
 いや、岩絵の具独特の色合い、線の美しさ重視、陰影をあまりつけない、そこから来る平面性・装飾性(デザイン性)……という感じはおぼろにわかるのだけど、自信はまったくない。
 それは、まだ宿題中だし、もしかしたら日本画界も宿題中なのかもしれない。田中一村展を観ながらも、そういう違和感は、消えてはいない。

♪岩絵の具が輝いている!
 でも、田中一村の絵は、それを越えて、鮮烈だった。宿題の一問だけはなんか解ける糸口がつかめたような気がした。
 陰のない、いい意味で「表面的」な岩絵の具の輝き。なぜかそれが異国の風景(もちろん、厳密には、奄美は異国じゃないけどね。)に似合う。
 海が輝いている。空が輝いている。植物の葉が輝いている。花が輝いている。鳥が輝いている。
 変な意味での「奥」がある油絵の具にはない、「表面的」な、つまり純粋で無垢な輝きだ。
 もちろん、ぼくは、いろんな洋画家が好きだけど、こういう純粋無垢な輝きはない。モネにも、マティスにも、そして、ルソーにもない。

 不思議な気がする。ぼくの貧しい現代日本画体験の中で、秋野不矩も、インドを描くことによって、岩絵の具が、純粋な輝きを獲得させている。異国の風景の中で、日本画の岩絵の具が新しい輝きを獲得しているのだ。

 まだ、ぼくにとって、近代日本画は、夏休みの宿題中だけど、……異国の風景の中で、日本画の岩絵の具が、陰りのない、純粋無垢な「表面的」な輝きを放つ、という、ちょっとワクワクする観察日記を、ここに書き付けた


♪このブログにも感想があります

“南”と言えば、クリストファー・クロスやナイアガラ・トライアングルのような軽さ、明るい太陽と青い海が当たり前の時代に、突然現れた悪魔的な“南”。美しいが絶望的な孤島の孤独や虫に悩まされながら進むジャングルの闇、その闇に密そむなにか。いやあ、すごいもんに出会ってしまった。  北沢かえるの働けば自由になる日記

| | Comments (0) | TrackBack (1)